絵本ぶろぐ

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2月20日

2月20日(月)
朝になったが、窓の外は薄暗く庭の椿が黒ずんで見える。わたしの傍の椅子で寝ていた猫は、朝に気が付かないのか熟睡しているようだった。ショールを懸けて庭に降りると、渡り鳥が数羽飛び去って行った。
あの日、夫はこの庭で倒れた。庭で何をしていたのだろう。わたしが駆けつけると何やら苦しげにもがいている。手を握ると、うなずいたように思えた。唇が震えるように動いて、わたしの名を呼んだのだろうか。
 動転していたので何を言ったのか忘れたが、わたしは辺りかまわず叫び声をあげて夫の体を門扉まで引きずった。道路まで声が届いたのか、通勤途中の男性が駆けつけて救急車を呼んでくれた。
 それからの二日間、全身の筋肉が緊張してこわばり、わたしは夫の傍に木馬のように揺れていた。思い出すのはここまでだった。ここまでは映像が動くが、この先は音が頭の中を駆け巡るだけなのでである。カツカツという病院の床を急ぐ靴音だったり、ベッドの動かすキャスターの音だったり、せわしない会話だったり、ひそひそ話だったり、ベッドに取り付けられた機械の音だったり。その音の一つ一つが、広い空間に果てしなく落ちて行くように思えた。それを、はっきり覚えている。
「ね、美美、あの人はあの曲が好きだったわね」
 猫が窓辺でわたしを見ていた。彼女は何事も驚きと懐疑を持って行動するタイプの猫だった。が、今朝は行儀よく座ってじっと私を見て動かなかった。
「美美、あれ弾いてみようか」
 スタンドピアノのカバーを外したのは数か月ぶりだったと思う。鍵盤をたたくとその曲が流れ出した。低い音から始まるが軽くはじけた。草地に雨が降り出して、千草が雨粒にはじかれる。草原に降る雨の曲だった。組曲になっている。小雨、嵐、雨上がりと変化していた。わたしがこの曲を始めて聞いたのは、物心ついた頃だった。近所の公園に行くと、この曲が聞こえた。或時は激しく、又は優しく、時には弾むように。誰が引いているのか知らなかった。

 幼い子供にピアノの音が植えつけられたのだった。
 

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# by cgwxpmasaco | 2017-02-21 01:49 | モーツワルトはお好き?

2月19日

2月19日(日)
 昨日、わたしは三海野にメールを返信した。寝不足だったのでコーヒーを挽いてゆっくり朝を過ごしてから、不快なメールを断ることを短く書いて送った。それから、車に猫を乗せてドライブに出かけた。
 単に海が見たかったし、何も考えない時間が欲しかった。何かを思い出すには、現在から少し離れよう、少し考えない時間を造ろうと思った。国道を三時間ほど走ると、その海が見えて来る。その海は松林の奥にあり、降り積もった松葉で林は赤く深いベンガラ色に染まり、何時でも松の香りが漂っているはずだった。その香りに包まれて海を見たいと思ったのだ。
 わたしは松林の入り口に車を止め、ネコを置いて林に入った。松林の中は穏やかな清々しい香りに満ちていた。しかし、海はブッシュで見えなかった。あれ、松原から海が見えないんだ。松林から海を見たという記憶は、わたしの思い違いだったなんて。海風が砂を吹きあげ、段丘を成していたのだ。松林から緩やかに登り坂になっていて、目の高さに砂が盛り上がり海は見えない。段丘のブッシュを過ぎると視界が一度に開け海が見える。わたしはその風景を忘れていた。
 松原から海岸に出た時、戦慄が走りわたしは小さく身震いした。
 なぜ海を見たいと思ったのだろう。わたしには思い出したいことがあて、その為に此処に来たのだろうか。
 わたしは大事なことを忘れているかもしれない。わたしの記憶に海岸と松林の境目のブッシュはなかった。風に乱れた頑強なブッシュを見るまで、それを思い出さなかった。そして、視界が一度に開けて海を見た時、わたしははっきりと思い出した。文芸クラブの顧問だった担任が生徒を連れてこの海岸に来たことがあったことを。その時、斐川もついて来ていた。担任の女性と親しかったのだろうと、友人たちは噂していた。
「君は何故あの曲を弾けるんだ?」
後ろから声がしたので振り返ると、斐川だった。友人たちは砂の丘から海に向かって一斉に走りだしていたので、周りには誰もいなかった。
風が強くて耳元でかさかさとなり、斐川のコートが翻る音がしていた。
「え、何のことですか」
わたしは斐川隆を「先生」と呼んでいた。それ以上の関係はなかった。その斐川から急に「あの曲」と言われて、一瞬戸惑った。そして、音楽室でピアノを弾いているささやかな行為をとがめられたような気がして緊張してしまった。何も答えられないまま、わたしは海岸に走って友人たちに合流した。
どのくらい遊んだのだろうか。そろそろ帰るというのでのろのろ松林に戻った。ブッシュを過ぎた時、海の音が一瞬で消えたような気がした。耳が解放されたような、別な世界に入ったような感じだった。
「君は、あの曲をなぜ知っているんだい」
再び、斐川がわたしに聞いた。海鳴りも消え風も止んでいたので、斐川の小さな声がよく聞こえた。
松の香りがしていた。人間世界に戻ったような穏やかさで斐川がわたしに同じ質問をしてきたこと。
後になって、わたしが斐川と結婚したのは、「あの曲」と言った彼の声がわたしを引き付けていたからだと、今になって気が付いた。
松林を抜けて海を見た時、空気の音が変わる。海岸と松林の境目で、一瞬にして世界が変わることを、わたしは昨日思い出した。わたしは音を覚えているのだ。それは、わたしにとって恐怖というしかない。




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# by cgwxpmasaco | 2017-02-20 01:14 | モーツワルトはお好き?

モーッワルトはお好き?

モーツワルトは、お好き?  
2月17日(金)
 夫が還らぬ人となったあと、わたしは独り、猫と暮らしてきた。
 今日、あれから三年経ってしまったのだと、なんだか忘れ物をしたような朝を迎えたわたしは、何気にパソコンを開いた。それは夫が使っていたもので少し古くなっていた。が、時々メールをやり取りする友人がいたので、書斎のテーブルに置いたままだったのだ。用があれば電話で済むのだが、弓削美紀はたまにメールでわたしに田舎暮らしの状況を知らせて来た。それに、もう一人三海野、彼は自称詩人であったので、時にお疲れさまと言いたくなるような、散文か詩歌の類を送って来ていた。
 久しぶりにというか、二週間ほどメールをチェックしていなかったので、何も考えずにアウトルックを開いた。ばらばらと余計なメールが立ち上ったので、ほとんどを迷惑メールに移したが、自称詩人から三通が届いていた。
全く懲りない人だね、また、やわな詩篇かしらね。
 わたしはソファーに寝そべる猫にぼやいてメールを開いたが、一瞬で首筋から冷えた。
「モーッワルトは、好きですか?」 と書かれていたのだ。それを見た時、わたしの首筋から背中へ急に冷水が流れて行くように思えた。それは、長年忘れていた台詞だった。正確には、三年前に心臓麻痺で他界した夫が、わたしにプロポーズした時の言葉だったのだ。高校時代のわたしの秘密の言葉だった。
 なぜ、三海野はわたしの秘密を知っているのか。
 わたしが不用意に彼に喋ったりしたのだろうか。それとも、美紀が話のついでに口を滑らせたのだろうか。わたしには三海野にそれを話した覚えはなかった。確かに彼は高校時代からの友人ではあったが、親しい知人の域を越えたことはなかった。
 突然、つむじ風に襲われたように放心状態になって、わたしは猫と朝のうちをソファーで過ごした。
 午後には美紀に電話をして、それとなく聞いてみた。
「ねえ、あなた、モーッワルトは好きですか、って覚えてる?」
「え、なによ、それ?」
美紀の声色は憮然として、何事かといぶかしがっていた。少し説明すると、思い出したらしく、
「ああ、あなた、別に興味なかったって言ってたわね。それで、コンサートの帰りに焼肉食べたって」
と、わたしが忘れていることを思い出して、美紀は勝手に笑っていた。
 三海野のメールのことは言い出せなかったが、美紀は三海野という男のことを忘れていた。
「そんな人、クラスにいた? そんな昔のこと思い出して、どうしたの。あなた、結構ダンナが重荷だって言ってたじゃないの? モーツワルトなんて。まあ、いいけどね」
 美紀に説明する気も失せて、わたしは午後もぼんやりしていた。
 そして、三海野のメールの二通目をひらいてみた。そこには、「僕が彼女を殺したかも知れない」とあった。彼女とは誰! またしても仰天して、わたしは三通目を開けた。
「君が波留人を殺した」と書かれていた。波留人は夫の幼名だった。夫は十八歳になって「隆」と改名していた。
 数十年来の親しい知人であり続けた三海野からの突然のメールなのである。三通目を見た時、これはいたずらだと思えて来た。なあんだ、こんな悪ふざけもあるんだと、庭に目をやると珍しく粉雪がちらついていた。立春は過ぎたのになごり雪かと、草に降りては消えてゆく雪を見ていた。そのためかも知れないが、背中の冷えは止まらなかった。
 悪ふざけを確かめようと、わたしはメール送信者のアドレスを確かめてみた。しかし、一字も違わず三海野のものだった。ほんとうに彼なら悪ふざけは考えられないから、愕然とした。
 モーッワルトは好きですか? なんて会話は、日常にはない。わたしが知っているのは、過去のある瞬間なのだ。他にもそんなやり取りがあったとしても、わたしが覚えているのは、一度だけなのだ。
 今、わたしは不安と疑問の間に身動きできずにいる。だが、わたしに投げられた石でわたしは潰れるわけにはいかない。今日から、わたしは散らばった過去をジグソーパズルのようにはめ込んで、この悪夢と悪戯から解放されたいと思う。




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# by cgwxpmasaco | 2017-02-17 21:59 | モーツワルトはお好き?

西原は緑なりき

西原は緑なりき
西原村は母の故郷です。このたび大きな震災にみまわれました。心配で一日中テレビを見ていましたが、西原村の様子はわかりませんでした。やっと、見たのは大切畑ダムの決壊の恐れと住民への避難指示出たときの映像でした。大切畑集落は、映像で見る限り全滅状態で、一瞬でしたが映し出されたその惨状に驚きました。大切畑ダムの近くの集落にも避難指示が出ていました。しかし、西原の様子はなかなか取材されません。一つ手前の益城が惨憺たる有様なので、西原を取材しなくてもニュースとしては充分だったのでしょう。
何日目だったか忘れましたが、熊本県の災害対策室に電話しても「正直、西原までは手が届いていない」という答え。村役場に電話したけど、「まだ、救援の手は一切入っていない」とのこと。電気もなく、私の親戚・知り合いは車中泊を何日も続けていました。本震の後に大雨という情報で、ついに、避難所にいってくれたので安心しましたが、そこにも救援の手はなく、動けない村のお年よりのために持ち寄られた米で炊き出しがあって「おにぎり一つ」をもらっただけだったという……夜が明けて6時くらいになって「夜が明けたけん、おにぎりが来るかも」とお年寄りが待っていたけれど、何もなし。それで、動けるものは「危険な家に戻り、庭で御飯をたいた」と、携帯電話で聞いて、やはり「早く、助けてあげてほしい」と思いました。救援が入ったのは、地震発生から六日ごですか?五日後ですか? 遅い感じがします。大切畑の崩れた家屋の下から下敷きになった人を助けたのは、村の消防団の人で、医療の救援もないので診療を始めたのは村の被災した老医師だったそうです。私は、救援の車の邪魔にならないように自分が熊本入りするのを控えているので、西原に駆けつけることができません。テレビを見るばかりですので、マスコミの報道の偏りをつくづく感じました。新聞社にも聞きました。「西原にも記者が入っているから、報道はされると思う」という返事でしたが、変化はありませんでした。西原は、南阿蘇村と益城町の間で、布田川断層が村を縦断しています。被害がないわけはないのに、震度計を持たなかったのでしょうね。
しかし、やっと取り上げられた西原の取材は、ほかと様子が違いました。人は誰も映っていなくて共同生活をしているガレージの様子でした。数家族が助け合っているようでした。私が「西原はこんな悲惨な中に助け合っているようで……的確ではないけど、むしろ羨ましかった」というと、電話機の中から「そう、ここの集落の人も、老人がほとんどなのに、みんな寄り合って助け合って、車を縦列に並べて、炊き出ししてね。少しも沈んでいなかったのよ。この人たちこそ、マスコミは取り上げてほしいと、思った」と感動していました。西原のそこの地区だけが特別なのでしょうか。いいえ、そうではありません。
私は今回も、日本の老人のすごさを、心根の強さと優しさを改めて知らされました。
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夕陽に染まる俵山。
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夕陽が落ちていく小峰山、このたびの地震でこの山の形が変わったそうです。もともと布田川断層の影響で歪んで傾いていたのですが、いったいどのように変わったのでしょう。近日中に、お見舞いに行くつもりですから、山の様子も見てきます。
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この森陰の道も、いまは道路が割れてガタガタだそうです。
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# by cgwxpmasaco | 2016-04-22 17:27 | 阿蘇の緑にエールを

阿蘇の緑にエールを

熊本大震災!阿蘇の緑にえーるを
2016年4月6日、阿蘇に黄スミレを見に行きました。静かな春の風景でした。まさか10日後に大震災が起ころうなど、考えもしませんでした。黄スミレは、けなげにも野焼の後の草原に咲いていました。空の奥には鳥が鳴いていましたが、静かな春の風景でした。
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阿蘇中岳も静かに煙を吐いていました。嘆きか溜息のように……
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ちょうど大山桜も咲いていました。花見客で駐車場は満杯です。誰もこの台地が大揺れするなど思ってもいないでしょう。
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一心行の桜は今回の大震災を乗り越えたのでしょうか。
花を美しいと思う、自然に愛されていると感じる、ともに集うことを喜びとする、そんな日々が一日も早く戻りますように。故郷の大地に、流れる涙を拭いて、心からのエールを送ります。

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# by cgwxpmasaco | 2016-04-22 14:04 | 阿蘇の緑にエールを

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